2020年5月29日金曜日

人のためというのは本当に人のためなのだろうか?

オペラで有名な蝶々夫人とか
今日の朝ドラ「エール」でも
カフェの女性と新聞社に勤める作詞家の男性のエピソードもそうですが
古今東西、身分が違うとか
自分の物差しで 相手の幸せのためには
自分よりふさわしい人と結婚するほうが良いのではないかと
嘘をついて身を引くというケースは良くみられます。

子育てでもそうですが
相手が自立するためには
本当は何でもやってあげたいけど、
それでは相手のできる力も奪ってしまうので
あえて、身を引くというのも
親の務めだったりします。

最近では子供に迷惑かけたくないからと
終活などを見ても、
お墓の面倒をみさせたくないとか
自分の老後の世話をさせたくないとか・・
愛からの 選択で
子供を遠ざけるような
そんな発言をしてあえて嫌われるようなことをして
子供には子どもの人生を歩んでほしいという
親もいるかもしれません

鑑定とかの世界も同じで‥
あなたはこういう運勢だからと
答えを教えてあげるのも
一見良いように思えます
親切な占い師、鑑定士はいっぱいいるでしょう

昨日いらした生徒さんも
「人を助けたい」とおっしゃっていました

でも それでは「依存」を生んでしまいます。

「困ったらまた来る人を作ることになりませんか?
自分を知るという大切な課題を、人に聞くということでやった気になった人を増やすことになりませんか?
自分の問題を人に解決してもらうという人を増やすことになりませんか?」と質問してみました。

「どのようにすれば依存しないでその人が自らの問題を対処できるようになるのでしょう?」という問いに
ご自身で答えを出されていました。

相手のためにと思っても
相手のためにならないことがあるのです。

特に自己犠牲はエゴです。

どちらにも良いことにはなりません

これだけのことをしてあげたのに・・・
ほど迷惑な話はないでしょう

親の介護をしたのに

子供のために離婚しないで頑張ったのに

上司の代わりにここまでやったのに・・・

無理して やりたくないのに やった場合
その結果がどうなるでしょう?

じゃ~やりたいことだけしたらよいの?

そうです。

「やりたいという気持ち」

と 

やってほしいという相手のニーズと

あったときならOKじゃないでしょうか?

頼まれもしないのにやるというのはどうでしょう?

特に相手のニーズに合ってないときは
頼んでもないのにと嫌がられるでしょう

相手のニーズをほとんどの人が聞くことがありません。

自分の話をする人は多いですし
自分のことをわかってほしいという人も多いですが
相手のことを知ろうとか理解しようとか
相手に関心を持つことが少ない

普段しているコミュニケーションで
被害者意識でものを見ている人のほとんどは
自分の立場からしかものを見ていません…

相手とちゃんと話して
相手のニーズが何なのか?
それが同意できない場合も多いでしょう

これは自分とのコミュニケーションにも起きています

自分のニーズをわかっていますか?

自分がどんな感情でいるか?
嘘をついていませんか?
自分に正直ですか?
自分との約束破っていませんか?

相手は鏡です。

人のためにと人を優先して
自分の気持ちにうそをついて
相手からは感謝や誉め言葉があるならまだしも
迷惑がられたり
それはあなたのやることじゃないと否定されたり
拒絶された日には
立ち直れないほどのショックでしょう

でもこれは・・
自分がそういうことを発しているから
自分が引き寄せた現実です。

そもそもスタートが
愛からスタートしているのか?
自分のエゴからスタートしているのか?

エゴからスタートすると相手のエゴを引き寄せます

今 苦悩の渦中にいる人は
それがエゴなのか?愛なのか?
感じてみてください

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