2021年7月8日木曜日

母の葬儀を終えて気づかされたこと
















7/3夜 母が亡くなりました。

いつもお世話になっているとおまさんが

すぐにあの世に探しに行ってくれたのですが

母は十分やり切ったということで、戻る様子はなく

次へのステップを進んでいるとのことでした。


母は老人ホームに入ることも、

病院で入院して余生を過ごすことも望んでおらず

一切お薬なども飲むことなく、毎日朝晩犬の散歩をして

YOGAをして、私が仕事で忙しいので家事をやってくれていました。

最後の最後まで普通に生活をして旅立ちました。


父の死後、眠れない、食べられないとうつ病っぽくなり

私は離婚し幼い子供を2人連れて母と同居しに岐阜に越してきました。

あれから13年、同じ丑年、

こんな形で二黒や七赤の吉方が出るんだなと驚きました。


私は子供の出産を母に知らせることも

躊躇うほど、母の世話になるのが嫌でした・・。


大学出てJTBで実家の近くに配属になっても実家に戻らず

海外や東京、横浜と

25年ほど離れて暮らしていました。


ちょうど亡くなった日に

私は母のことを亡くなる前にすでに過去形で2度も話していたようです


これからの仕事の相談をしながら

私は岐阜に住んでいないイメージがありました

きっとまた関東に戻るだろうと。


私がそう決意したので 母はもう役目は終わったと

ホッとしたのか?

私のいない時間を選び逝ってしまいました。


その日だけ・・私は

母の顔を見て行ってきますも言わず

急いで出かけたことが悔やまれてなりません。


どんな声だったのか?

どんな行動をしていたのか?

なぜ録画とか写真とかもっととらなかったのだろう

なぜもっと普通にコーヒー飲みながら会話しなかったのだろう・・・

私の好きな五目御飯の作り方をなぜ聞いておかななったのだろう・・・

犬のエサはどのくらいの量を入れたらよいの?

お米にもち米はどのくらい入れて炊いていたの?


シングルマザーで大変だからと

母は体の動くうちは勝手に好きでやらせていただいているのだと

家事から・・料理から・・掃除から

送り迎えまでしてくれました。


2年ほど前からめまいがあり

動脈瘤もあったのに

治療を望まず

18歳の老犬のの気持ちになって寒いだろう、熱いだろうと

朝から晩まで犬の世話をしており、神経的にも

疲れているのはわかっていたのに


「そんなにやらなくてもよいよ」・・というような

言葉しかかけられず


なぜ「ありがとう」と手伝ったりねぎらったり

できなかったのだろうと悔やまれます。


本当に仏様のように自分の欲しいものは何もない

人に与えるばかりの

人の幸せを願うだけの人でした。


親族が集まった席で弟が思い出を話してくれました。


昔から長女だった私は

兄弟が叱られる分まで

叱られていたようです


そんな記憶は潜在意識の中に

封印されていたようでしたが

昨日アクセスバーズをやったことで

どんどん記憶が出てきたそうです。


とにかく貧しかったので

買い物のおつりが余ったら

私が好きな「ういろう」を買ってよいと言われたのに

10円足りなくて、

買いたそうな私に見ず知らずの人が

恵んでくれたので

喜んで買って帰ったら

お金が足りないはずなのにおかしいと母に

「乞食じゃないんだから返してきなさい」と

叱られたということでした。


たった10円のその出来事のせいで

私は

人を頼ってはいけない

幸せな

うれしそうな顔は母に見せられない

喜んだらまた失ってしまう

いろんなブロックがあったのだと気づきました


最後の日も

どうして行ってきますと言えなかったのかと思ったら

買ったばかりの服を着たところを

見られたくなかったんだと思いました。


なぜ恥ずかしいと思うのか?わかりませんでした


こんなにまで潜在意識が働いているとは

驚きましたが

今日の講座の中でクリアリングしました。


その頃の幼い私のどこにも吐き出せない

やるせない気持ちを開放することができました。


もっと早くにそれに気が付いて

クリアリングできていたらと思いますが

こういうタイミングだったのでしょう


生徒さんからもヒーリング受けたり

かなり復活しましたが

当日はぎっくり腰になり

多くの方にエネルギー送っていただきました。

ありがとうございました。


ママになった姪と会うこともできました。

母にとってのひ孫

本当に世代が交代するかのように

一つの時代が終わりました。


母が亡くなってすぐから

息子が母の代わりに犬の世話をしてくれるようになり

娘も弟たちと夕食を作ってくれたり

今までとは見違えるほど変わりました



なんでも父を頼っていた母が

自立するために父が先に逝ったように

今度は私たちが

自分の道を歩めるように

ちょうどよいタイミングを選んでくれたのでしょう


親の愛というのは

子供にそうやって

自分で歩けるようにしてくれるのだと

身をもって体験するまで

本当にわかりませんでした。


親を亡くした方の気持ちも

ここまで悲しいのだとは知りませんんでした。

父の時も蓋をしていたみたいで

今回初めて呼吸ができない

息ができないとパニックになりました。


感情は出してよいのだと

我慢しなくても良いのだとさんざん味わい


でもこの思考による

自責や後悔や自己批判は手放しました。


なぜなら・・

母も、私を守ってくれている守護霊をはじめ神様たちも望んでいないから。


頭でわかっても

心が暴走するのをどうしたらよいのか?

と思っていた時に

ちょうどアクセスバーズの講習が予定されていました


アクセスバーズを以前一度受けたけど

良さがあまりわからなかったので

今回体験してこれほどの苦しみがとれたら

こんなにすごいことはないと思いましたが

本当に見事に回復しました。


氣学も易も素晴らしいけれど

出来事に惑わされない 不動の心を得たいと思っていても

なかなか簡単にはいかない時

心が過去や未来に行くことなく

今この瞬間にいて

答えを求めず、意味を求めず

脳を初期化してくれるバーズ


これだけ大事なものを失ったからには

大きな事が始まり 豊かになるんだと思えるのは

ありがたいことだな‥って思います。


80名以上の生徒さんが賛同してくださって

お花を送ってくださいました。


本当にありがとうございました。


私を生んでくれた母への感謝の気持ちと

私の悲しみを思ってくださって・・


私の葬儀ならともかく母にというのが意外でしたし

いつもの私なら

気持ちだけでと受け取らなかったと思いますが・・

これからは受けとろうと決めたのです。


私は母の入れたコーヒーも

青汁もお茶も

これおいしいからというお菓子なども

体にあまりよくないのに‥と思って

いやいや受け取っていました。


子供がママへとお土産買ってきても

もったいないから何も買わなくてよいと

言ってきました。


母が娘のために送り迎えすると

「しなくてよいのにと

なんで歩かせないの?」と言ってしまっていました。


だから

母も私が母のためにヒーラーになったり

施術家になっても

「私はいいから、自分を大事にしなさい」と

受け取ってもらえませんでした。


素直に甘えて受け取っていたら

母も受け取ってくれたのでしょうに・・・。


なんで受け取ってくれないの?と泣いて喧嘩した日もありました。


子供のように

母を喜ばせたいのにと泣く小さな私がいました・・。


だから・・今回は

みんなの気持ちを受け取ろうって決めました。

神様とか・・守護霊様とか‥

みんなに助けてもらおうって決めました。


昔私の守護霊たちは

私が本ばっかり読んでいるので 全然頼ってくれない 控えているのに

仕事をさせてもらえないからと

神様に力を取り上げられていると聞いたこともあるほどです‥


自力が良いのだとばかり 勘違いしてましたが

今回は弟や妹を頼り

胸を借りて泣きました


子供を頼り泣きました


私が強がっているから

人を寄せ付けない感じがあったのだと反省しました。


二度の離婚も

二度の婚約破棄も・・


私は一人で生きていけると

強くならなきゃと頑張ってきたように思います


でもこの半年・・

甘えることを少しづつ覚えてきました。


そして、あまりに下手な私は

一気に甘えないと生きられない

出来事が起きてしまいました。


「いつでも何かできることがあれば言ってください」

そうやって生徒さんがみんな

愛で見守ってくれました。


いつの間にかみんな成長されたんだな~と

本当にうれしく思いました。


人と連絡とるのも嫌いだったコミュ障の子が

皆に声をかけてくれました。


自分が母親を亡くした時

励ましてもらったからと

今度は、その辛さを痛いほどわかるよと

励ましてくれました


いつも私は

生徒さんのメールや電話に応対していて

ずっと仕事場にいたので

子供たちが嫉妬してすねるくらいでしたが

その娘も

母の歯を火葬場でもらって

ペンダントにして私にプレゼントしてくれました。


私との時間を大事にしようと思ったのか

一緒にまた寝るようになりました。


私が仕事できるようにと

洗い物を息子がしてくれるようになりました。


本当はみんな私のために何かしたかったのに

何もできないようにしていたのは

私だったのだと気づかされました。


昔村山先生が

自分が何かをしてあげるのではなく

誰かにしてもらう人は

人の真心を引き出す力があるのだといわれていたことがありました。



誰かを頼るということは弱さのように感じますが

でも実は人間はお互いが助け合い支えあう生き物なんだと

神に助けてと祈れる 委ねる生き物なのだと

本当にこの年になって実感させていただけました。


最後に母と喧嘩した時に言われた言葉が

「人の会話を途中で遮ってはいけないよ

上から目線で話してはいけないよ」でした。

私はいつしか・・母にまで・・説教するかのような

口調になっていたのかもしれません・・・

身内であるが故の甘えもあったのか・・照れもあったのか?

勘違いしていたのか?

年老いて記憶力が低下していることが許せなかったのか?

理由はわからないけど

一言 ごめんなさいと 言えば良かったのに

こんな形で別れが来たことが本当に悔やまれます


でも49日まではここにいてくれるそうなので

日々謝ったり、感謝したり、ほめたり

会話しています。


3人の兄弟姉妹を生んでくれたおかげで支えあうことができました

10人の孫と、一人のひ孫に会うことができました。

コロナがあってもこうして親族が集まることができたのも

感謝です。


お金がいくらあっても

やはり一番大事なのは

好きな人と一緒にいるという時間だと思います。


体験を共有して成長を喜び合える人がいるということは

本当に幸せです。


私に出会ってくれたすべての人に

この場を借りて感謝申し上げたいと思います

そして生んで育てて支えてくれた母にも

82年間本当にありがとう。

あなたの娘で生まれたことを誇りに思います。

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